KAKAAのカルマン 10年乗ったミニを手放して63年式のカルマンギアを購入。通勤車はこれだけ!ミニでなんとかのりきれたんで調子にのってビンテージ車を通勤車としてしている。これからどうなるんだろう?なにがあるんだろう?

最近の記事
引っ越ししました。
04/25 21:03
へぇ~そうなんだ。
04/19 22:09
オイル交換そろろ
04/14 21:28
オイルチェック
04/11 20:58
通勤できる喜び
04/07 22:17
現在の状況
03/23 12:00
カッフン
03/10 22:05
寒い~3月。。
03/03 22:54
う~ん、ほんと少なく…
02/20 20:44
あ。。。雪が。。
02/15 00:11
最近のコメント
最近けっこう流行っ…
岡村 05/16 06:02
突然の書き込み失礼…
最近の流行 05/12 05:30
女性が自己主張をしや…
女の性欲 05/11 13:59
今流行のボーイズラブ…
ボーイズラブ 05/10 13:10
まったく新しい即逢い…
即逢い 05/08 13:49
最近のトラックバック
2010 イベントレ…
10/09 09:06
2010 イベントレ…
10/08 02:48
第2回カルマンギア1…
10/05 17:25
カルマンギア フロン…
06/04 16:41
MORE APE
11/24 00:12

⑦。。。その頃になると

あれだけバイクの話ばかりしていたのに、高校3年ともなると今度は車の話でもちきり、卒業間じかになるとちょっとイジッた車を購入するものもおり、話が現実になる境目。。。当時は、箱スカ、ケンメリ、Z、ダルマセリカ、セリカLBあたりが手頃な中古車で30万円程度でそこらの中古車屋にゴロゴロあった。
その頃、50sブームみたいのがあって先輩達がカルマンを乗っていた。本当はキャデラックでも欲しいのだろうがとてもムリなハナシ、50sアメリカンを気取っているのだがなぜかそーゆー雰囲気に駆り出される外車は空冷VWだった。
同級生は外車にはあまり興味がないようで自分自身もいいな~とは思いつつ買おうなんて気持ちにはならなかった。(というか買えない)
学生になった私は車なんて買えるハズもなくただ色々な妄想?をするばかり。ブルSSSあたりがいいななんて思っていた。一足お先に就職した同級生は皆、自分の車を持っていた(田舎なんで車ないとね。。。)
そんななかでひとりの友人がある日、突然ロータスヨーロッパTCを購入した。200万円ちょっと程度だったらしいが、パッとみは旧車だ~っという感じでキレイという感じで無かった。でも、でも、カッケー!!!ペッタンコのそいつはまさに地を這うマシンであった。
ロータスヨーロッパTCのアイドリング音は以外にも図太い!、そう、空冷VWのそれよりさらにトルクフルな感じでドッドッドッと腹に響く。。『ツインカムらしくないな~あまり速そうな音じゃないね~』なんて私がいうと『違うんだよ、乗ってみろよ』と、助手席だけど乗せてもらった。今までに感じたことのない雰囲気の車内、いや、コックピット、手を伸ばせば地面に触れそうな車高、。。そして友人がギューとアクセルを踏みこむとさっきまでの低音のエンジン音から変わって『おー!!やっぱりツインカムだこれ!!!』TCサウンドを奏ででながらロータスは他の車両の間を縫うようにつっ走る!(良い子はマネしてはいけませんね)
。。。。とっても感動した、子供の頃みてカッコイイー!!と思った車がまさにいま目の前にあることもさることながらその当時の私が知ってる範囲の日本車にはまったくないその感覚がなんともいえず最高だった。
そのあたりからその友人の周りでチョイ古外車ブームおきた。。
私自身も日本車にはまったく興味がなくなってしまった。

つづく
日記 | 投稿者 KAKAA 12:06 | コメント(0)| トラックバック(0)

⑥乗り物が集まると。。。。。

高校になると1、2年はバイクの話ばかり、FX400だのCBX400が主流だろうか。。で、私はバイクといっても原チャリの免許をとっただけだった。しかもバイクなど買えるハズもなかった。。。
それでもなんでもいいから乗りたかった。親戚の方からヤマハパッソルを借りることができた。ヤマハパッソルは遅くて遅くてどーしうようもないくらいだったがデザインはわりと好きだった。安価でもあるようで爆発的(いいすぎかな?)に売れたようだ。だからまわりにも沢山乗っているものがいた。そんなこともあってみんなでパッソル100台ツーリングやろうぜ!なんて話が盛り上がり、どこいこう?軽井沢まで行こうぜ!なんて話だけは随分と盛り上がった。
当日になると14台しか集まらなかった。。ま、予想はしていたが。。それでも14台同じのが集まるとそれなりにおもしろく、碓氷の旧道を連なって一生懸命タラタラと走る姿は結構笑えた。
レイクニュータウンまで行くと色とりどりのビートルが数十台集まっていた。なんとなくカッコイイな~と思った。この頃はよくビートルの集団をみかけたような気がする。
カルマンギアはいたのかも知れないがこのころはその存在を知らないから記憶にない。。
私達はそれから鬼押し出しまで行った。。。おーすげぇ~、みんなが言った、初めて浅間の有料道路を目にしたときはそれはそれは素晴らしい風景に感動した。道路も延々に続く滑走路のように思えたな。
そんなカッ跳びたくなるような道路なのに40キロしか出ないパッソルがとても疎ましく思えたがみんなで何度も、何度も往復しながらいろんなカッコウをして走る姿を写真に取りまくった。
旧軽銀座に行くとみんなが指差して笑っていた(ように思える)。
恥ずかしいけどなんだか面白い。。。その頃はそんなことがすごく面白かった。

帰ってきて、翌日風邪ひいた。11月なのに2枚しか着ていなかったから当たり前だな。
今思えば40キロしか出ないスクーターが連なって走っていたんだからどんなに迷惑なことだったか、その報いでもある。

つづく。。

そんなこともあって”100台”というキーワード耳にするとちょっと反応してしまうのだ。リベンジだ。







日記 | 投稿者 KAKAA 16:38 | コメント(2)| トラックバック(0)

⑤。。。。。

思えば、幼稚園の頃は三輪車を延々と雨の日も風の日も乗り続け、小学校になると自転車を乗り回したり、ばらしてみたり。。。
三輪車→自転車→バイク→車と常に何かに乗っていることになる?
私に限らずその頃は、それが普通か~
そーいえば、Uコンやラジコン飛行機にもハマッた。スノーボードにもハマッた、考えてみればみんな自分で操作するなんらかのものだ。
なんだろう?
今でも車を自分でできる範囲でイジッテみたりするのが好きのようだから、小学校から何も成長していないや。。。。

つづく。。
日記 | 投稿者 KAKAA 23:58 | コメント(0)| トラックバック(0)

微かな記憶。。④

世はまさにスーパーカーブームだった。けれど私の当時の年齢では少々興味のない年齢になっていたのかと思う。。
毎日、毎日テレビでとりあげられついにはスーパーカーのエンジン音だけのレコードが売れ、その音で車種がすぐにわかってしまうスーパーカー小僧がテレビでとりあげられていた。。
カウンタックLP400、500、ポルシェ930、BMW2002ターボ(なぜかフェラーリの記憶はうすい。。。)など超メジャーな車などは覚える気がなくても当時テレビを見ていれば勝手に脳裏に焼き付けられた。
近所ではスーパーカーが実際に走っていることを見た記憶はたぶんない。。あ、ロータスヨーロッパは見たか。(一応当時はスーパーカーの仲間ね)友達と駄菓子屋でチェリーを買おうか、ちょっと高いけど7UPを買おうかなんて話をしていると遠くの方からペッタンコの明るいグリーンの車が走ってきた!”あ!ロータスヨーロッパだ!!”思わず叫んだ、その車はわざわざ私達の方へちょっと幅寄せするみたいにアピールしながら走りさって行った。。。カッコイイぞ!!!
ドライバーの人も通るたびに子供が指差してやんやと叫んでいたんだろうからきっとそんなことがすっごく嬉しかったのだろうな。。
もちろんカルマンギアなんてスーパーカーの枠外だけど、当時なら知識のない小僧には外車=スーパーカーと思われてもてはやされていたのかも?。。でも、そのとなりにいた真正スーパーカー小僧は、”あれはね~ビートルと同じでーうんぬんかんぬん。。。。”かな。
日記 | 投稿者 KAKAA 12:26 | コメント(0)| トラックバック(0)
<<  2008年 2月  >>
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29  
空冷ワーゲンのスペシャルショップ
ホビダス[趣味の総合サイト]